ある組織を取りあえず王国に例えるのは面白いメトニミーではなかろうか

どうも、3回生も終わりに近づいてまいりました。舞台監督の拓下です。
舞監の後輩が今回脚本演出書いちゃったりしてるんで結局まだ舞監業から抜けられません。助けて下さい。

いい加減板についてきましたかね、舞監。3年もやればもうね。
来年からもう少しヒマだから舞監欲しい団体さんとかいたらお力お貸ししますよ?お安くしておき(殴)

今回の劇はとある王国のお話。「百万遍のシンデレラ」。
ナニ王国が出てくるんでしょうか。気になります。
敢えてのアケメネス朝とかおもろいかもしれませんね。何か、誰ですか皇帝。アムネセス3世みたいな?女好きで有名で家臣を女で固めたとか、男の家臣処刑しがちだったとか。
いやすみません。世界史やってないんで1ミリも知らんです。処さないで。

王国と言えば、「〇〇王国」っていう風に、組織のことを安直に「王国」で例えることってありませんか?
「京大王国」とか、言ってる人がいるかはともかくそう言われてもあんまり何か違和感があったりはしませんよね。
自由に地名や人名、組織名を当てはめてみて下さい。程度の差はあれ、そこまでの違和感を感じないはずです。
これは言語学的に「換喩」「メトニミー」と言って、ある言葉を類似した構造を持つ言葉で置き換えて例える隠喩の一種です。今回で言えば、「組織」という構造が類似しているからこの言い回しが有効なわけです。
違和感の程度の差は、構造の類似度に寄ります。王国で言えば「ある程度広い領土」の中に「「王」がいて「家臣」は「いうことをきかなければいけない」みたいな構造が、一致していればいるほど「あぁ、それは的確な喩えだ」となるわけです。逆に「拓下王国」とかってよく知らない換喩を与えられたとき、「何かの組織」の中で「拓下」さんが「ほかのメンバー」に「えらそうにしている」のかなみたいな構造の類推を無意識に行ってしまったりします。

ではなぜ「帝国」や「共和国」ではなく「王国」で喩えるのか。これは王国型のトップダウンの組織がもっとも我々の中に自然に根付いているから、あるいは小さいころから「王国」が出てくる話をよく耳にしているから、などいろいろと理由が考えられそうです。個人的には後者を推薦したいですね。世の中には王国をテーマにしたお話が実にたくさんあります。それに囲まれて生きているから、王国という言葉にあまり違和感がないのでしょう。
しかし、これは「王国」というお話がなぜそんなにたくさんあるのかという説明にはなっていません。人類にとって王国とは何なのでしょうか。シンデレラのような哀れな存在がたくさん生まれてしまう階級制度に、人類の本質があるとでもいうのでしょうか。

この物語は、そんな人類の根本に迫る、超大作となっております。
われわれ日本人のルーツに触れられる、またとない機会となるやもしれません。
さぁ、今すぐ予約を。

ウソです。全部ウソです。処さないで。

ということで、2/11(祝)・12(水)、劇団愉快犯2020年冬公演。
1回生の勢い満載のイチオシコメディ(これはほんと)、ぜひお越し下さい。

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Author:劇団愉快犯
京都大学あたりで、広義の「喜劇」を背負い活動する劇団。

http://yukaihan.info/

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